since08.12.28
本日雨に降られたおかげで短いですがネタも降ってきました。拍手に入れておきましたがいつもこんな所まで読んで下さる感謝の意味も込めてこちらにも置いておきますね。
下にたたんでおきます。サブタイトルは「水も滴る御剣怜侍」、
本タイトルはありません(笑)エロでもありません。
下にたたんでおきます。サブタイトルは「水も滴る御剣怜侍」、
本タイトルはありません(笑)エロでもありません。
・・・・・・・・・・・・・・・・・
「ふえ。こりゃ酷いや」
降ってますよ…と確かに声はかけられたが、聞くとみるでは受けるダメージが違う。
光彩を失った鉛色の空からは思い切った音をたてて大きな雨粒が落ちてくる。
事務所を出た午前中はあんなに暑苦しく晴れていたのに。
傘、持ってないんですか?成歩堂さん。
また事務の女性の気の毒そうに自分を見る顔が浮かんだ。
通常は何本か置き傘があるのだが生憎みんな出払ってしまっていると言う。
裁判所の正面玄関を出た成歩堂は暫く空を見上げていたが、
やがていち、に、さんっと心の中で掛け声をかけると
手にしたブリーフケースを庇に建物の外へ飛び出した。
道のりを考えれば走ったところで焼け石に水である。
「ここは男らしくゆったりと歩いて帰るぞ…」
何がどう男らしいのか理解できない事を呟きながら
豪快に泥はねを上げつつ歩いていると、
ぴしゃ…と水を踏む静かな足音がいつの間にか隣に並んできて、
すいと人影が寄り添った。
「水も滴るなんとやら。髪が変わると別人だ。
その色のスーツで無ければわからなかった」
成歩堂の頭から水滴に打たれる不愉快さが唐突に消え、差しかけられた傘の陰から
先刻まで第二法廷で丁々発止とやり合っていた相手の声が低く響いた。
「御剣」
「弁護資料を用意する暇はなくてもせめて天気予報ぐらい見ておきたまえ」
「見たよ。見たけど降水確率20パーセントだったじゃん」
「ゼロで無ければ可能性はある。幼稚園児にもわかることだ」
「さすがに幼稚園じゃわからないと思うよ」
「本日の法廷も笑いをこらえるのに一苦労だった。冷や汗を流す君は誠に良い余興だ」
「そりゃどうも。僕はおまえの嫌味っぷりに涙をこらえるのに一苦労だったよ」
「とにかく。君という人間は全てにおいて崖っぷちだな」
「傘忘れたぐらいで崖もクソもあるかよ」
お手上げのポーズで肩をすくめ、わずかに白い歯を見せた御剣は
傘の柄を成歩堂に押し付けると降りしきる雨の中へと悠々と足を踏み出した。
無数の雨粒が肩に降りかかり、弾かれ、光る玉になって背中を転げ落ち、
染み通り、ワインカラーを濃く際立たせる。
地上を打って跳ね返る水の群れが煙のように足元に紗をかける。
旧くて美しい映画のワンシーンを観るようだった。
成歩堂はその後姿を茫然と見送っていたがふと気がついて慌てて大声を張り上げた。
「お…おい!おまえは!おまえはどうすんだよ!」
聞こえているのかいないのか、御剣は振り向きもせず歩調を変える事も無く、
成歩堂の声をきれいに無視して裁判所の裏手のほうへ消えていった。
そちらには確か関係者用のパーキングがある。
「あ、そうか。車ね」
上品な紺色の傘。柄は自然の歪みを生かした個性的な形状の木製である。
(待てよ…傘もいいけど最初から車に乗っけてくれればいいんじゃないの?)
一見握り辛そうなのに、しっかりと手のひらで包んでみると
よく馴染み、樹の力強さと温かさが伝わってきた。
持ち主に似ている、と思った。
(まあいっか…)
新米弁護士が私の愛車に乗ろうなどと十年早いのだよ…そう鼻で笑って
また肩をすくめられるのが落ちだろう。
雨音は確かに優しく心浮き立つものに変わった。
せっかくやせ我慢して歩かなくてもよくなったから、
今頃事務所で居眠りしながら待っている真宵に団子でも買って帰ろうか。
了 2010.6.17
「ふえ。こりゃ酷いや」
降ってますよ…と確かに声はかけられたが、聞くとみるでは受けるダメージが違う。
光彩を失った鉛色の空からは思い切った音をたてて大きな雨粒が落ちてくる。
事務所を出た午前中はあんなに暑苦しく晴れていたのに。
傘、持ってないんですか?成歩堂さん。
また事務の女性の気の毒そうに自分を見る顔が浮かんだ。
通常は何本か置き傘があるのだが生憎みんな出払ってしまっていると言う。
裁判所の正面玄関を出た成歩堂は暫く空を見上げていたが、
やがていち、に、さんっと心の中で掛け声をかけると
手にしたブリーフケースを庇に建物の外へ飛び出した。
道のりを考えれば走ったところで焼け石に水である。
「ここは男らしくゆったりと歩いて帰るぞ…」
何がどう男らしいのか理解できない事を呟きながら
豪快に泥はねを上げつつ歩いていると、
ぴしゃ…と水を踏む静かな足音がいつの間にか隣に並んできて、
すいと人影が寄り添った。
「水も滴るなんとやら。髪が変わると別人だ。
その色のスーツで無ければわからなかった」
成歩堂の頭から水滴に打たれる不愉快さが唐突に消え、差しかけられた傘の陰から
先刻まで第二法廷で丁々発止とやり合っていた相手の声が低く響いた。
「御剣」
「弁護資料を用意する暇はなくてもせめて天気予報ぐらい見ておきたまえ」
「見たよ。見たけど降水確率20パーセントだったじゃん」
「ゼロで無ければ可能性はある。幼稚園児にもわかることだ」
「さすがに幼稚園じゃわからないと思うよ」
「本日の法廷も笑いをこらえるのに一苦労だった。冷や汗を流す君は誠に良い余興だ」
「そりゃどうも。僕はおまえの嫌味っぷりに涙をこらえるのに一苦労だったよ」
「とにかく。君という人間は全てにおいて崖っぷちだな」
「傘忘れたぐらいで崖もクソもあるかよ」
お手上げのポーズで肩をすくめ、わずかに白い歯を見せた御剣は
傘の柄を成歩堂に押し付けると降りしきる雨の中へと悠々と足を踏み出した。
無数の雨粒が肩に降りかかり、弾かれ、光る玉になって背中を転げ落ち、
染み通り、ワインカラーを濃く際立たせる。
地上を打って跳ね返る水の群れが煙のように足元に紗をかける。
旧くて美しい映画のワンシーンを観るようだった。
成歩堂はその後姿を茫然と見送っていたがふと気がついて慌てて大声を張り上げた。
「お…おい!おまえは!おまえはどうすんだよ!」
聞こえているのかいないのか、御剣は振り向きもせず歩調を変える事も無く、
成歩堂の声をきれいに無視して裁判所の裏手のほうへ消えていった。
そちらには確か関係者用のパーキングがある。
「あ、そうか。車ね」
上品な紺色の傘。柄は自然の歪みを生かした個性的な形状の木製である。
(待てよ…傘もいいけど最初から車に乗っけてくれればいいんじゃないの?)
一見握り辛そうなのに、しっかりと手のひらで包んでみると
よく馴染み、樹の力強さと温かさが伝わってきた。
持ち主に似ている、と思った。
(まあいっか…)
新米弁護士が私の愛車に乗ろうなどと十年早いのだよ…そう鼻で笑って
また肩をすくめられるのが落ちだろう。
雨音は確かに優しく心浮き立つものに変わった。
せっかくやせ我慢して歩かなくてもよくなったから、
今頃事務所で居眠りしながら待っている真宵に団子でも買って帰ろうか。
了 2010.6.17
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